Epilogue
学校の先生になる人は、学校が好きだった人が多いと言われることがあります。
また尊敬できる先生に出会い、教員を志した。そんな話もよく聞きます。
実際に当学園で働いている先生たちも、そのような方が多いです。
ですが、私はどちらでもありません。
私は学校が嫌いな子どもでした。
当時、私の地元の公立中学が荒れており、母親のすすめで私立の女子校に進学しましたが、
その学校のモットーは良妻賢母の育成だったのですが、当時の私は(今も変わらずですが)、型にはめられるのが大嫌い。
自分がやりたいことではないことを強制されると、ますますやりたくなくなる。
思春期真っ只中の私は、先生や学校への怒りと反発心でいっぱいでした。
自分の正義を守るために、ひとりぼっちで周囲と戦い続けていた私は、段々と学校では心をかたく閉ざしてしまうようになりました。
自分を認めてくれる人が誰もいない、そんな学校に行くことが嫌になってしまったのです。
学校にはたくさんの子どもたちがいるので、当然いろんな子どもがいます。
学校が大好きな子もいるし、私のように学校が嫌いだった子もいます。
学校が嫌いだった私だからこそ、同じ境遇の子どもたちに寄り添えることもあるのです。
自分がつらい思いをしたからこそ、同じ思いを大切な子どもたちにはさせたくない。
だからこそ子ども時代に欲しかった居場所を、子どもたちには作ってあげたいのです。
私はすべての子どもたちが自分の意見や想いを安心して発言でき、他人の意見を尊重できる人になってほしい、そんな環境をこの学校で作りたいと思っています。
開校当時からこの想いは、変わっていません。
自分が学生時代、学校に居場所を見出せなかったからこそ、すべての子どもたちが学校で安心して過ごせるよう、そんな子どもたちの居場所を作りたいと切に願っています。
